まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

あの日の事は忘れない・・・② 東日本大震災

   東日本大震災からはや4年
   あの日の事は忘れない・・・ I do not forget that day


3,11n1
写真はこの東日本大震災の数時間前、いつもと同じように庭にやって来た「アオジ」です。


あの日、いつもと同じように近くに住む孫も 遊びにやって来ました。  (先日、いちご大福をかぶりついていた子です。)
3,14S 016 (1000x995) (750x746)

その孫が大好きな三輪車に乗って遊んでいた時でした。
孫は何事が起こったのかと、泣きだしそうな顔をして私の方を見ました。
3,14S 008 (563x750)


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」そう言って、大きく手を広げたら、
孫はよろよろしながらも、私の腕の中に飛び込んで来ました。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もう、大丈夫だよ。」私はそう繰り返し、孫を強く抱きました。
好きでよく読んであげた絵本です。左は、孫のために買ってあげた浅草神社のお守。
DSC02184 (750x519)


「遠くで、大きな地震があったかも知れないね。」と言って、テレビをつけてみると、
東北地方に大きな地震があり、太平洋側沿岸に大きな津波の来る可能性があると伝えていました。
※(記事内容と写真は関係ありません。 は台風迫る粟島の海です)
荒ぶる海1 - コピー (750x460)

暫く同じようなアナウンスの繰り返しがあり、やがて現地の様子を写し始めました。
港の潮位が刻々と上がり、終には道路を洗うようになりました。
2,18S 046 (750x562)

目の前の状況を繰り返し伝える緊迫したアナウンサーの声と映像をみて、「何か大変な事だな」と直感したのか、
孫は、私とテレビの画面を交互に見ては、「どうしたの?どうしたの?」と繰り返し聞きました。
3,16N 033 - コピー (750x1000)

テレビは気仙沼の港?の潮位が上がり、波が道路を洗い始めまた様子を写しています。
「これは大変な事が起きるかも知れない・・・。」
DSC07951 (750x562)

そう思っているうちに、辺り一帯は停電になりました。
直ぐにバルコニーに上がって、町の様子を見ましたが、いつもと変らぬ様子でした。東京湾も静かでした。
※(記事内容と写真は関係ありません。 は東京湾、中央薄く見えるのはスカイツリーです)
044 - コピー (750x417)

暫くして下に下り、車のテレビをつけると、状況は更に厳しいものとなっていました。
家の前を乳母車に子どもを乗せた親子が何組か通りかかりました。
若いママさんが「東京湾に津波が来るかも知れない・・」そう言って足早に坂を上って行きました。
※(記事内容と写真は関係ありません。 は東京湾、中央薄く見えるのは遠い茨城県の筑波山です)
048 (750x444)

停電はいつまで待っても復旧しません。地震による被害情報等はカーテレビとラジオに頼るしかありません。
夜になっても我が家の地域は停電のまま。通電しているのは市街地だけでした。
 写真は災害当日の横須賀市街地です。
手前、我が町は停電ですが、市街地と米軍横須賀基地は電気がついています。
201103121754314da[1]


残念ですが今日はここまでです。続きはもう一回あります。
そでは、また、元気でお会いたしましょう。 
UPが続けて遅れて申し訳ありません。



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  1. 2015/03/13(金) 14:07:00|
  2. 日々の出来事
  3. | コメント:8
<<あの日の事は忘れない・・・③ 東日本大震災 | ホーム | いましばらく お待ち下さい>>

コメント

3・11の日は、私が会社に帰ると皆テレビに釘付けでした・・・
黒い海水が防波堤を超えて町へ流れ込んでいました・・・
此方には何の影響も無いので、何か絵空事のように見ていました・・・
しかし実際に現場に居た人たちは、どれほどの思いをしたことか・・・
  1. 2015/03/13(金) 19:36:27 |
  2. URL |
  3. @我楽多 #kTvoSsVA
  4. [ 編集 ]

我楽多さん
3,11の大震災の日は夜遅くまで停電で、
懐中電灯とローソクで過ごし、夕食も据え置きのもので作りました。
夜遅くテレビが見られるようになり、
ラジオからの情報をはるかに超える惨状に言葉を失いました。
床に就いてからも悪夢のような画像が思い出され、なかなか眠れませんでした。
  1. 2015/03/13(金) 23:53:52 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは

あの大震災のことは 私もまだ昨日のことのように覚えています
甚大な被害の様子をテレビで見て
大きなショックを受けました・・・

しばらくの間は 何も手につかず
大好きな写真も 写そうという気持ちさえ起きませんでした

こんな危機的状況の中でも 人々は助け合い
励ましあっていたんだと聞きました
自分にできることを模索し できるだけ東北に出かけることで お役に立ちたいと思いました
ひと月後 福島に桜の撮影に出かけたのも そんな思いからでした
今でもそう思っています

お孫さんも 驚いたんでしょうね
喜多さんの「だいじょうぶ」が 安心感を与えてくれたんですね
いいお話ですね^^
  1. 2015/03/14(土) 01:15:24 |
  2. URL |
  3. ユウスケ #ZvWJaGwQ
  4. [ 編集 ]

ユウスケさん
神戸淡路大震災の燃え盛る夜の映像と
今回の東日本大震災で人と家屋、船舶等が流されていく光景が脳裏から離れません。
今でも関連放送を見ると涙が出てきます。
前向きに生きようと懸命に頑張る姿、それを支えたり寄り添ったりする姿から、逆に勇気を貰っています。

『だいじょうぶ だいじょうぶ』という本は、
孫が生まれた時知人から頂いた絵本です。
孫とおじいさんのお話で、とても感動的なお話です。
You Tube でも《読み聞かせ》を聴く事ができます。

  1. 2015/03/14(土) 19:56:39 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

 ずいぶんご無沙汰してしまいました。ちょっとどたばたしていたものですから。これからはまた普通におじゃまできると思います。
 あれから4年たったのですね。時の流れとは恐ろしいもので、最近、普段は、あのときのことを、完全にではないにしても、忘れているといっていいくらいです。改めて、しっかりと思い出さないといけないですね。
  1. 2015/03/15(日) 21:28:00 |
  2. URL |
  3. ラムダ #-
  4. [ 編集 ]

ラムダさん
何はともあれ、お元気そうなこと、何よりです。
ここ2,3ヶ月間は一番忙しく神経を使う時期でしたね。
ご苦労様でした。一段落したら十分休養をとって、
四月からはまた気持ちも新たでスタートを切ってください。

僕の方も「帯状疱疹」という(命を落とすような事はないですが)大層痛く、厄介な病気にかかり、もう二ヶ月になります。明日も神経ブロック注射をうちに病院です。情けないですね。e-260
やっと痛さもおさまり、完治まではもう少しだと思います。
  1. 2015/03/15(日) 23:05:28 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

大震災

お孫さんも不気味に感じて。。
一人だったら泣いて居たかも知れませんが、
ここは頼れるのは爺だけ。。
爺がおたおたすれば、直ちにお孫さんに感染したでしょう。

私は帰宅して、共同住宅のエレベーターに乗ろうと。
30Mまで接近したとき。。立っていられなくて、腰を下ろして暫し。
揺れが止まった時、すぐ前の管理事務所に駆け込みました。
エレベーターに乗った直後なら、機器が停止して、わずかな時間と言え、不安だったと思います。

津波。昔から知っていましたが。。。雇用なエネルギーがあるとは知りませんでした。

私の休息中もお尋ね下さってありがとうございます。
疱疹が軽くなってよかったですね。
しかし、この疱疹はしつこくて。。
そんな時のお医者は確保されるのがいいと思います。

生田緑地まで探鳥。
私の住まいから1時間少しで行ける場所。
喜多さんと最も接近したのはこの時でしょう。

青路が可愛いですね。
私の周辺にも寒い時、渡ってきます。
比較的、人を怖がらないから、親しみが増します。

啓蟄で虫が這いだすと聞いて、虫には負けれれないと、
強がって出てきましたが、虫より動きは鈍いようです。

これからもご厚誼をお願いいたします。
  1. 2015/03/20(金) 21:50:24 |
  2. URL |
  3. ijin #7ozVZe.w
  4. [ 編集 ]

コメントをありがとうございます

ijin さん
その後の体調等如何ですか。
暖かくなるまでゆっくり、のんびりお過ごし下さい。

三浦半島は活断層も房総半島に向かって活断層が走っていますが
幸いにも我が家の近くは遠く離れています。
でも、どうなるか分りませんねぇ。
我が家の地盤は固く平素の地震も他所より揺れが少ないのが常ですが、
さすがにこの時ばかりはいつもより大きな揺れでした。

以前、文部省研修でアメリカ、メキシコの学校視察に行った際、
《メキシコ大地震》に遭遇した事があります。
丁度メキシコシティーからモンテ=アルバンの考古遺跡で知られる
オアハカに移動する朝でした。
子どもたち(今は写真の孫の父親です)に「元気でいます」
との葉書を出そうとホテル1階のロビーにいた時でした。
仲間はエレベーターに閉じ込められていたそうです。
その時の事が脳裏を走り、先ず孫を安心させようと
「大丈夫、大丈夫」となったのです。

帯状疱疹、一時治まってこれで完治するのかなと喜んでいたら、
再び不気味な痛さが戻って来ました。
仰られる通り、《しつこい》ですね、www
それでも、当初の痛さの比べたら、蝉やカマキリに噛まれた程度です。www
それほど、当初の痛さはひどかったです。

生田緑地では《青い鳥》には出会えませんでしたが楽しかったです。
アオジは合掌造りの蕎麦屋さんで昼食をして出て来た所で出会いました。www
でも、望遠カメラを落とし、壊してしまったので撮れませんでした。

そろそろ島に戻る支度(荷物や部屋や庭の始末)を始めていますが、
当初の予定より遅くなり、こちらでゆっくり花見をしてからになりそうです。








  1. 2015/03/22(日) 01:44:40 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

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Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

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