まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

奈良・京都・伊勢神宮の旅 ⑦ 北野天満宮

塔頭見学も順調に進み、昼食まで時間が出来たので、 「北野天満宮」 に立ち寄ってくれました。
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■三光門(さんこうもん)は、「北野天満宮」の中門です。
豊臣秀頼が慶長12年(1607)に造営したもので、国の重要文化財に指定されています。
三光門正面には、後西天皇(ごさい てんのう、第111代天皇)の御宸筆「天満宮」の勅額が掲げられています。
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日光東照宮を思わせるような絢爛たる彫刻の中に「日・月・星」がある事から「三光門」の名がついているとの、
ガイドさんの説明で探したけれど、「星」を見つける事ができませんでした。
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その代わり?と言っては何ですが、良く見ると銀色の三日月(一番下の写真〇印内)があります。
太陽と月はあるけど、星がないため、北野天満宮の三光門は「星欠けの三光門」とも呼ばれているそうです。
「北野天満宮の七不思議」ともいわれているそうです。まっこと、不・思・議な話です。
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勿論、ここは天神さんですから、菅原道真公(=学問・至誠・厄除けの神様)をお祀りする神社です。
福岡の「太宰府天満宮」と共に天神信仰の中心的聖地となっています。
境内には横たわった牛(臥牛)の像があちこち奉納されていました。白梅も満開でよい香りを漂わせていました。
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紅梅も咲いています。「旧年寒苦梅 得雨一時開」
「厳しい受験勉強を耐え抜いてきた受験生に朗報あれ!」と、拝殿にてお祈りしました。
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そうそう、我が孫もこの春から小学校に入学なので「天神様の鉛筆」を土産に買いました。
それに、僕に似て 勉強好き否、否、大の 饅頭好きな孫なので、「長五郎餅」も忘れず買いました。www
「太宰府天満宮」は「梅が枝餅」、「北野天満宮」は「長五郎餅」共においしい饅頭です。
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三光門の手前を右に曲がると、織部型石灯籠があります。 この灯篭にはマリヤ像の彫刻が彫られているので、
「マリヤ灯籠」や「切支丹灯籠」とも言われているそうですが、南天の葉影で良く見えませんでした。
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 実は、ここでカメラに異変が・・若草山の溝にカメラを落とした際の故障か・・・・
70%程のバッテリー値を示していたカメラがいきなり《充電切れ》です。
帰りに撮ろうと考えていた「梅の花」も撮れません。
予備バッテリーも同様で使えません。添乗員さんにお願いして、昼食時に充電して頂きました。
この後、人気の同志社大学のfrench restaurant will (寒梅館7階) でランチとなりました。
最上階のレストランからは、比叡山をはじめ東山連山が手に取るように眺められ、
はるか足下には同志社大学の赤いレンガ造りのキャンパスと午後から行く「相国寺」がジオラマのように見えました。
それでは、又、「相国寺」でお会いしましょう。 
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■【天神様と牛】
当宮の境内には横たわった牛(臥牛)の像が数多く奉納されています。御祭神菅原道真公(菅公)と牛にまつわる伝説や逸話が数多く残され、菅公は承和12年(845)に誕生され、この年は乙丑(きのとうし)の年でありました。
延喜3年大宰府でご生涯を閉じられた際、「人にひかせず牛の行くところにとどめよ」との遺言から御遺骸を轜車(牛車)にてお運びする途中で車を曳く牛が座り込んで動かなくなり、やむなく付近の安楽寺に埋葬したという故事に由来しております。
国宝「北野天神縁起絵巻」の序文には門前にて休む茶色と黒色の牛が描かれており、絵巻物の巻五には菅公の御遺骸を運ぶ茶色と白色のまだら模様の牛が描かれています。
絵巻の詞書には「筑前の国四堂のほとりに御墓所と点しておさめん奉らんとしける時、轜車道中にとどまりて肥性多力の筑紫牛曳けども働かず其所をはじめて御墓所と定めて今の安楽寺と申すなり」絵巻に登場する牛と菅公の深い繋がりがわかります。
絵巻には配所の大宰府にある天拝山で無実の罪を神に訴える祭文読み捧げる場面があります。
菅公は七日七夜祈られ「天満大自在天神」の神号とならせ給けると詞書きにあります。大自在天は元々ヒンズー教の神とされており「三目八臂」(さんもくはっぴ)三つの目と八本の腕を持ち、白い牛にまたがっています。
もう一つの神号は「日本太政威徳天」密教の大威徳明王に由来されており「六面六臂六足」で炎を背負い、水牛にまたがった姿です。菅公は、北野天満宮の地に祀られていた火雷神(摂社火之御子社)と結び付けて考えられ、火雷天神、のちに日本太政威徳天、天満大自在天神などの神号が確立することにより、菅公の神霊に対する信仰が「天神信仰」として広まり、侍従している牛が後世には、菅公の「神の使い」と称され、神秘的な伝承を現在でも多く伝えています。牛の信仰は、現在では「撫牛信仰」として広がり、横たわった牛には、諸病平癒の力があると考えられています。

北野天満宮境内の北西、乾(いぬい)の位置に当宮で最も古い撫で牛の像があります。
この場所は、北野天満宮が平安京の乾に位置し乾天神と呼ばれ親しまれ、さらにその境内の乾という神聖な地、聖地であり、元々本殿の北西隅は江戸時代より一願成就所・乾さんと呼ばれて信仰されてきた場所です。
朱塗りの鳥居が設置され、鈴なりの祈願絵馬が掛けられ、牛舎には多くの学生・受験生等が訪れ、祈りを捧げれれています。一願成就所、牛舎、乾さんとも呼ばれて親しまれた臥牛の石像が、頭は積年の傷みで少しかけて、台座の御影石に置かれています。牛舎は淳和2年(1802)の900年祭絵図にも載っおり、本社の信仰と共に、願事が必ず叶う。一願成就所として古くより特別な信仰をうけ、ご利益あらたかな社として、遠方よりの参詣者が絶えません。 
牛舎の北側に、柵を巡らし注連縄で囲まれた所に大きな石、亀石があります。牛舎が南西の隅に移された間も乾の隅にそのまま鎮座し、牛の石像が陽石を象徴し、亀石は陰石ともいわれ、両方を御参りし御神徳をいただく、陰陽合い和す陰陽石として信仰されており、これは古代信仰の名残りとも云われています。
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  1. 2016/02/17(水) 00:00:00|
  2. 高野山・京都

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喜多さん

Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

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