まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

花のお江戸へお花見に 6、 靖国神社

「千鳥ヶ淵」から「靖国神社に回ってきました。
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「神門」を通り抜け、《中門鳥居》をくぐりると正面に「拝殿」があります。
  「拝殿」拝殿は明治34年(1901)に建てられたもので、通常はこの場所で参拝します。
拝殿の屋根は、平成元年(1989)に葺き替えられました。
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《中門鳥居》の手前には《社頭掲示板》があり、戦地からわが娘に書いた父の手紙が掲げられていました。
いつも妻や愛犬を高松空港まで送り迎えする際に通る陶(すえ=香川県綾歌郡陶村)出身の方です。
見ると、戦死されたのは八月六日、広島に原爆が落とされた日。あと少しだったのにと思うと残念です。
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「神門 」を入り、右手を見ると、東京管区気象台が桜の開花を観測する《標本木》があります。
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その隣にある   「能楽堂」は、明治14年(1881)に東京・芝公園に建てられたもので、
明治36年(1903)に靖国神社に奉納、移築されたそうです。
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この舞台では神霊を慰めるための能や日本舞踊などの芸能が行われます。
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この日は、民放TV局の取材が入っていました。あれ~、TVで見る“あの方”ですね。
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靖国神社境内には、ソメイヨシノやヤマザクラなど約400本の桜があるそうですが、中にはかなりの老木もあります。
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それでも、苔むした幹から新しい命も芽生えています。
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靖国神社参拝後は、本殿裏手にある「神池庭園」に立ち寄って休憩します。
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この日もベンチに腰を下ろし、あれこれ思いを巡らせたり、池の鯉や小鳥を眺めたりしていました。
※以前、《スズメは嘴が短いので花の軸を噛み切ってそこから蜜を吸う》と記しましたが、その証拠写真です。www
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この「神池庭園」は明治の初めに作られ、深山を思わせる瀧石組(左端)も設えられています。
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回遊式庭園で、池の周りを一周する事もできます。(小さな池ですからベンチから全て見えます。)
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ここの枝垂れ桜は、何を思うてか、一陣の風に散り急いでいました。DSC01633 (750x497)


一休みをし、「遊就館」 (合祀された英霊の遺品や資料、戦争で使用された兵器などを展示している博物館)に一寸立ち寄ってから帰ることにしました。ロビー正面には 《蒸気機関車C56》が展示されています 。
 昭和11年に製造され、南方の泰緬(たいめん))鉄道で使われ、
戦後、昭和52年までタイで使用されていた機関車もだそうです。
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ロビー左に復元展示されている、《零式艦上戦闘機(零戦)五二型(A6M5)》です。
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鶴田浩二  「同期の桜」 台詞  
『昭和20年3月21日 陽光麗らかな日  「美しく立派に散るぞ!」 そう言って一番機に向かう戦友(とも)の胸に、
俺はまだ蕾だった桜の一枝を飾って送った 明日は俺の番だ 死ぬ時が別々になってしまったが、
靖国神社で逢える  その時は、きっと桜の花も満開だろう 』
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「戦地から子や親や妻の事など思いながら別れの手紙を記したり、それぞれの思いを胸に秘め、祖国を守る為に空に海に大地に散っていった多くの命。こんな哀しい歴史を二度と繰り返してはいけない!」と改めて強く思いながら靖国神社を後にしました。
参道のあちこちでは、多くの人たちが花見の宴を楽しんでいました。
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日本一の大鳥居を潜り抜け、すこし下ると、「北の丸公園」方面に渡る歩道橋があります。
そこを渡って「安田門」に向います。
※最近の「はとバス」もぐんとハイカラになりました。www
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ここ、「安田門」から、「北の丸公園」に行ってみることにしました。
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その時の様子などは次回に。
それでは又、元気な笑顔でお会いしましょう。  
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
 (説明板より)零式艦上戦闘機52型  三菱4240-1号機
この零戦は昭和49(1974)年、南洋、ラバウルの旧日本海軍航空基地で見付かった主翼胴体と昭和59(1984)年、ミクロネシア、ヤップ島で発見された5機の零式艦上戦闘機を日本に持ち帰り、復元が昭和55(1980)年頃から始まりました。
この機体は昭和18年11月25日ごろ三菱重工、名古屋大江工場で製作されましたが、40年間も南洋の熱帯に放置されていた為に機体のほとんどが朽ち果て、復元するのは不可能と思われました。
しかしそれらの機体をすべて完全に分解して、使用できる部品を調べたところ内部の部品はかなり使える事がわかりました。
 主要機体はラバウルから里帰りした4240-1の主翼胴体の使用できる部品と、その他の使用できる部品を集め新しく作りましたが、特に主翼の桁けたの製作は一番重要なものでした。
 機体を解体したところ4240号機と4241号機の機体番号の部品が使用されており当時の工場がいかに混乱していて生産を急いでいたかが想像できます。
 ここに展示している4240号機と書かれた部品は第一隔壁(かくへき)の裏に書かれていたもので、その他の部品には4241号機と書かれていたものも多くありました。
平成14年7月  復元製作  原田信雄
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  1. 2016/04/17(日) 13:37:08|
  2. 東京
  3. | コメント:7
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コメント

靖国神社は私も何度か行きましたが、自然が沢山有って清々しい空気が心地良い所ですねぇ~・・・
こんな所に祭られている英霊の皆さんが羨ましく思えます・・・
でもお国の為に散って行った英霊の皆さんは、きっと安らかに眠っていてくれると思います・・・
  1. 2016/04/17(日) 18:10:04 |
  2. URL |
  3. @我楽多 #kTvoSsVA
  4. [ 編集 ]

我楽多さん
ありがとうございます。
靖国神社には僕が赤子の頃、とてもよく可愛がってくれた(という)叔父が眠っていますから、
ここは感慨深いところです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鍵コメ Mさん
ありがとうございます。
桜は沢山植えられていますが種類は多くありません。
千鳥ヶ淵のボートから見る桜は又格別なんでしょうねえ。
桜の下に多くのボートが集まっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鍵コメ Mkさん
ありがとうございます。
東京には空が無い、自然が無い・・・なんて言われ続けてきましたね~。
確かに自然豊かな野や山や海はありませんが、それは大都会の宿命で仕方の無い事。
それだけにきれいに整備された公園や緑地があり、桜の名所も数多くあります。
交通の便も良いですし、博物館、美術館、音楽ホール等の施設の数も多く、東京は好きですね~。
ただ、唯一勘弁して貰いたいのは《人の多さ》ですね。www
でもこれまた都会の宿命ですね。


  1. 2016/04/18(月) 11:39:14 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

PCの環境悪化

私のPCの環境が悪化して、文字は見えますが画像見えません。

当月中ご無礼があると思いますが、ご寛容をお願い致します。

  1. 2016/04/18(月) 17:33:14 |
  2. URL |
  3. ijin #7ozVZe.w
  4. [ 編集 ]

ijin さん
おはようございます。
島の生活にも慣れ、最近は朝5時半起床となり、一日が長く感じられるようになってきました。
実際に日も長くなり、本土から18時の船で帰ってきても、それから畑での仕事ができる程になってきました。

パソコンのトラブルは精神衛生上、よろしくないですね。
写真のブログで、絵が見えないのは尚更です。
機械類は体と違って《自然治癒》なんて力はないですから修理に頼るしかありません。
(僕などは、相変わらずのアナログ人間ですから、パソコンのトラブルも(風邪のように)2,3日すれば直るのではないか・・と思ってしまい、いつも笑われています。www
僕のパソコンも相変わらずブログ編集時に限って文字変換が不能で、
ブログ作成も従来の数倍の時間を要する情況がずっと続いています。
最近は、メモ帳などに書き、それをコピーして本稿に貼り付ける方法で編集しています。
一字一字目を凝らしながら書き進めていくため、ますます視力の低下が進んで、去年作ったメガネが既に合わなくなってきています。

今回の熊本地震の震源地が大分に移り、
中央構造線に沿って、いよいよ四国まで移って来ました。
怖いですが、一箇所に集中して大きな被害が出るよりは、
少しずつ移動し、広範囲に(力が)分散して被害の小さい方が良いのかなと思います。






  1. 2016/04/19(火) 09:04:47 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

お久し振り

久し振りにブログ復活しました。
  1. 2016/04/19(火) 10:07:22 |
  2. URL |
  3. wako #-
  4. [ 編集 ]

地震

九州の震災。

地震の好きな人はいでしょうが。。。

私は臆病者。とても怖いです。

私のような病弱者を想います。
頑張れ耐えろは酷な言葉。

不安から、せめて、安心度の高い処へ移動。
今はそれすらできない状況のようです。
余震が一刻も早く終息して欲しいと願うばかり。。

四国へ移動するのですか。なら九州に近い愛媛に。。
そこには原発があるのでは。。

地震国。これは宿命。
今こそ真剣に脱原発を考える時。
多少は無理な目標設定が必要。
自然エネルギーが欲しい。
地熱などに国費注入すべきでは。。

想いが飛びました。悪い癖が出ました。

またお伺いします。
  1. 2016/04/19(火) 16:12:08 |
  2. URL |
  3. ijin #7ozVZe.w
  4. [ 編集 ]

wakoさん
連絡ありがとうございます。
今年も皆さんとどこかへ行けたら嬉しいですね~。
今度は実りの棚田など・・・www
よろしくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ijin
地震は人為的に避けられるものではないだけに怖いですね~。
僕は40年ほど前に、アメリカ~メキシコへ視察研修中、メキシコシティのホテルで《メキシコ大地震》に遭遇しました。
丁度、家族に元気で居る旨の便りを出す為にホテル1階へ下りて行った時でした。
ビルの高層階の部分が隣同士ぶつかり合い土煙をあげ、窓が落ちていくのが見えました。
シャンデリアは落ち、立って居られませんでした。
ビルから逃げ出し落下物で命を落とした人もいました。
《客死》とはこんな事なのかと半分覚悟を決めた所で揺れが収まり助かりました。

これまた若い頃www《年をとると若い頃を良く思い出すと言われそうですがwww)
玉川温泉に行った時、地熱発電に力を入れれば良いのにと思った事がありました。
火山国ですからね~。

  1. 2016/04/20(水) 00:07:48 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

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Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

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