まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

島四国(島内八十八札所巡り)①

4月10日、早めに島に戻ってきたのは「島四国」(島内八十八ヶ所札所巡り)や畑の準備のためでした。
DSC_0199 (750x500)


「島四国」は、島内88ヶ所に設けられた札所巡りの事です。
DSC_0085 (750x447)


北前船で栄えた粟島では、文政10年(1827)に粟島の持船が88隻となったことから、
船主に1船1基の石仏寄進を呼びかけて島内88ヶ所に御祀りしました。それが今も残る「島四国」の始まりです。
DSC_0087 (750x500)


毎年旧暦の3月21日には「大師市」といって、島の人々がお菓子や果物、飲み物等を用意し、
島内外からのお遍路さん(参拝者)をお接待していました。 一年の内で島が一番賑わいを見せる日です。
DSC_0081 (600x750)


昨年からは、より多くのお遍路さんや子どもたちにもお参りして貰える様に、毎年4月29日に実施する事になりました。
DSC_0080 - コピー - コピー (750x563)


それでは、これより「同行二人」という訳ではありませんが、お大師参りを少しだけご一緒いたしましょう。
先ずは島唯一の寺「梵音寺」からです。ここが一番札所です。僕の住む「満」(みち)という集落にあります。
DSC_0083 (750x563)


僕はすぐ横道にそれる癖がありますから、皆さんはぐれません様に。と、言いながら早くも墓地に寄り道です。
右手多度津・丸亀方面に、うっすら讃岐富士(飯野山)が見えます。
DSC_0088 (750x587)
でも、これだけの道草ではありません。墓地より二番札所を覗き見するのです。 バシッ!
この道をこれだけ多くの人が通るのは、年間通してこの「島四国」の日だけですから記念に・・・。www
実は、この石垣の曲線を見て頂きたかったのですが・・・途中で切れてる・・。確認しない悪い癖です。
DSC_0092 (750x563)


二番札所は梵音寺の直ぐ下にあります。行くと、少年が手馴れた様子で一人お参りしていました。
きっと、家の人たちと毎年お参りしているうちに、その所作を見覚えたのでしょう。 
DSC_0093 (582x750)


お堂に座っているお爺さんも“孫”を見るような優しい笑顔で見守っていました。
賢そうで行儀の良い少年ですね~。多分僕も小さい頃はこんなだったと思います。www    (バシ~ッ!どこが!) 
DSC_0094 (750x554)


次は3番札所に向かいます。3番札所は我が家の班が担当する札所です。
2番札所から3番札所への遍路道は、普段人が通らないひっそりしたこんな道です。
DSC_0248 (750x500) (2)


子どもの頃、ここはみかん畑が広がり、本土が見渡せる景色の良いところで、浜に舗装された県道が完備される前までは、島の西側にある集落に住む人達の通る生活道路でした。 (潮が満ちて来ると、浜は通れませんでした)
ここから山側に入ると、我が班の担当する3番札所が高い石段の上に見えてきます。
DSC_0250 (750x494)


いつも混み合うこの危うそうな高い石段も、今年は一人の姿も見えません。
高齢化、しかも少人数の上に、病人の続出、お堂の修繕や諸準備、道作り、お接待の準備もママならず、
十分なおもてなしも難しくなり、皆で話し合った結果、残念だけれど《3番札所》を閉鎖することになったそうです。
DSC_0044 (544x750)

各地での過疎化に伴う、“伝統的伝承文化”の消滅を危惧していましたが・・・遂にそれが自分の足下にやって来ました。
雰囲気のある岩屋で、とても評判の良い札所だったので残念ですが、島から離れた者がとやかく物申す事ではないことです。
自分にできることはせめて遍路路の整備清掃位だと思って、毎年早めに戻って来ていたのですが・・・。
DSC_0253 (750x531)

それでも、3番札所の岩屋では、お花やお供え物等はこのように用意してありました。
今年も僕はここに座ってお接待をするはずでした。あれこれ思いながら、10分程座って居ましたが、
上がって来たのは毎年来られる二人組の男性だけでした。
こうして一つ一つ永年続いてきた伝統的文化が時代の流れの中に呑み込まれていきます。
とても寂しい事ですがこれも仕方の無い事です。
DSC_0046 (651x750)


これより道は寂しい山へと入って行きます。集落の境にある10番札所までは無人の札所が続きます。
10番札所には知人の老婦人が一人数人しか来ないであろうお遍路さんを待っていると言うので、行く事にしました。
その時の様子などは、次回にでも。 それでは又、元気な笑顔でお会い致しましょう。
**********************************
2016年度の 「島四国」の様子です。
スポンサーサイト
  1. 2016/05/06(金) 00:00:00|
  2. 年中行事等
  3. | コメント:6
<<島四国(島内八十八札所巡り)② | ホーム | 島へ   紫雲出山~仁尾>>

コメント

ゆっくりと・・・・

今年も終わりましたね
優しさを感じる島四国の日

いちどゆっくりと島に行こうと思っています
雨になるかもしれないでど6月にはなんとか・・・・

喜多さんに会いたのと
海ほたるおじさんちゃんと挨拶もしたい

うまく時間が取れたらいいですが(^O^)
  1. 2016/05/06(金) 08:02:09 |
  2. URL |
  3. ふぅ #-
  4. [ 編集 ]

島四国・・・
坂出市の沙弥島でも開催されていました・・・
多分各地の島で開催されていたんでしょうねぇ~・・・
でも何故金比羅さんでは無いんでしょうねぇ~・・・???
  1. 2016/05/06(金) 20:57:14 |
  2. URL |
  3. @我楽多 #kTvoSsVA
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2016/05/07(土) 05:32:29 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

こんにちは

島四国・・・もうそんな時期になったんですね
迎え入れる方々のご苦労もしのばれます

小さな坊やが 礼儀正しくお参りされている様子には
思わず笑みがこぼれました^^
いいものですね こういった光景が見れるのは!^^

閉鎖されてしまった札所も 時代の変化には抗えずですか
寂しいことですが それもまた仕方ないことなんでしょうね
中にきちんとお札やお供えなどが用意されていたこと 胸にジンときました・・・
やりたくてもできない そんな葛藤がうかがえました

続きもまた 楽しみにしていますね^^
  1. 2016/05/07(土) 11:58:43 |
  2. URL |
  3. ユウスケ #ZvWJaGwQ
  4. [ 編集 ]

返信、遅くなりました。

ふうさん
終わりました~。
でも3番札所は閉鎖する事になりました。
残念ですが、仕方ありません。
お遍路さんたちも残念がっていました。
一番雰囲気のある札所で、皆楽しみにしていましたからね~。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
我楽多さん
「島四国」は《大師市》ともいい、粟島だけでなく弘法大師(空海)さんへの信仰等と深く関りのある宗教的な伝統行事でしょうからこの地区で盛んなんだと思います。
荘内半島も、伊吹もあると聞いています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
鍵コメYさん
特に今年は3番札所の当番がないですから・・
5番札所も清掃に行きましたが造田の墓地も年々荒れてきています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ユウスケさん
ありがとうございます。
子どもは大人の後姿を見て育って行きますからね~。
子どもの所作をみると、家庭の様子も概ね想像もつきますね。(冷や汗e-351
それにしても一人で・・手馴れた様子でびっくりしました。
3番札所は大きな岩屋にあり、輪まりの雑木林とのマッチングも良く(高い石段だけが難でしたが)本当によい札所でした。
それだけに惜しむ声が多く聞かれましたがざんねんです。
例年は僕も山道清掃のお手伝いをさせて貰って来ましたが、今年は体調のこともあり、通院の都合で島に戻れるかどうかも不定でした。
もう一人の相棒(同級生のお婆ちゃんですがwww)も足の手術で動きが取れないので、
結果、同年輩のTさんという方一人で殆どの山道清掃をしてくれたそうです。
しかも出没し始めたイノシシの脅威にさらされながら・・・。
閉鎖された札所ですが、お参りいただいたお遍路さんのためにもそれなりの準備もしておかなければと、
90に近いお婆ちゃんが階段を這うようにしてお供えなど運び上げてくれました。
共に頭の下がる思いです。

Tさんは我が家の野菜の世話もしてくれていて
(野菜も立派に育ててくれていて)
何処の畑より立派な畑になっていてビックリしました。e-447


  1. 2016/05/09(月) 00:21:07 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

鍵コメ S さん
ありがとうございます。
島は北前船で大層栄えた島でした。
小さな島で北前船を88隻も持つと言うのはありえないほどの数です。
その財力、金比羅さんへの寄進も相当なものだったらしく、金比羅さんの祭りには粟島の太鼓が行くと、地元町内の太鼓が一斉に静まり、参道の階段をあけ、真ん中を登って行き、金比羅宮本殿で太鼓を叩いていたそうです。
因みに、本伝に上がって太鼓を叩けたのは粟島の太鼓だけだったと・・
島の古老達はそれを誇らしげに話をしていました。
「島四国」はおっしゃる通り、「四国八十八ヶ所」になぞらえたものです。
札所の名もそれに因んで同じ名前が付けられています。
例えば、僕たちの当番札所は3番ですから「亀光山釈迦院今泉寺」です。

北前船ですから、北海道との関わりも深く、北海道の土地を持っていた家も数多くあったそうです。
  1. 2016/05/09(月) 01:09:57 |
  2. URL |
  3. 喜多さん #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

喜多さん

Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

いいなって思ったらクリックしてください

最新記事

最新コメント

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

カテゴリ

春 (3)
粟島遠望 (6)
未分類 (161)
桜 (12)
ノスタルジア (3)
茶華・鳥 (32)
えっちゃんの花畑 (9)
木の花 (14)
春の花 (7)
横須賀 (110)
横浜 (19)
鎌倉 (33)
東京 (52)
奈良 (47)
高野山・京都 (24)
海員学校 (4)
船、港 (43)
城の山より (10)
西浜 (19)
島の人 (7)
下新田 (9)
姫路 (3)
花畑 (6)
詩歌 (3)
旅行 (23)
紫陽花 (17)
草花 (106)
三浦半島 (7)
夜景 (10)
花散歩 (39)
粟島散歩 (99)
小動物 (36)
家族 (20)
お出かけ (100)
年中行事等 (52)
朝の風景 (20)
夕景 (10)
日々の出来事 (19)
香川 (22)
粟島 (6)
奈良・京都 (1)
愛媛 (6)
黒川/財田駅周辺 (21)
徳島 (21)
三豊市(山本町,財田界隈) (28)
香川のお寺や神社 (92)
紫雲出山 (16)
高知 (11)
島の桜 (9)
お寺 (0)
島の春 (9)
庭の花 (57)
来島者たち (35)

検索フォーム

RSSリンクの表示