まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

奈良・京都観桜旅行 7/20 「南朝皇居・吉水神社」

今日は、「吉水神社」です。
前回、≪南北朝≫の話に触れましたが、ここ「吉水(よしみず)神社」は、後醍醐天皇が足利尊氏に京を追われ、この吉野に逃れ、政治(南朝政治)を再開した仮の皇居です。
「吉水神社」は元「吉水院」 (きっすいいん)と称し、今から凡そ千三百年前、白鳳年間(650~654年)に 役行者(えんのぎょうじゃ)の創立と伝えられる吉野修験宗の僧坊でしたが、明治の神仏分離政策によって神社となりました。
源義経が弁慶らと身を隠したこと、後醍醐天皇の南朝政治を始めた皇居であったこと、豊臣秀吉が花見の本陣とした等の歴史的逸話で知られています。
当時は「吉水院」という「金峯山寺」の塔頭でしたが、明治政府の神仏分離政策で「吉水神社」と改められました。
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山門前の大きな板に書かれた『天莫空勾践 時非無笵蠡』(てんこうせんを むなしゅうするなかれ ときにはんれい なきにし もあらず )のことは後述。

「吉水神社」入り口には「一目千本」の吉野の桜の展望所があり、今回のツアー目的の一つでもありました。
例年であればこの時期はこんなふうに見えるそうですが・・・、
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今年は吉野の桜も開花が遅れていてこんなでした。まるで僕の頭の様・・(開き直りの笑顔ですwww)
恐らく例年は大変な混雑なんだろうなと思いながら空き空きの境内に入っていきます。
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すぐ左手に小さな「吉水院庭園」がありました。
看板には「文禄3年(1594)の太閤秀吉が5千人の家来と吉野の大花見をしました。その時、「吉水神社」(旧吉水院)は花見の本陣となりました。この花見に際して、豊臣秀吉が自ら基本設計を行った庭園です。この庭園は、安土桃山時代の華やかな雰囲気を今に伝える。≪桃山様式の日本庭園≫です。」と書かれています。
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≪太閤花見≫の本陣のあった庭園の最奥に、究極のパワースポットと言われる「北闕門」 (ほくけつもん)があります。
「北闕門」は、元々山伏たちの修験の寺でしたから、山伏たちが山中に入るに当たり、崖から落ちたり、病気平癒や 猪や熊に襲われないよう祈りをする為の「邪気祓所」です。
後醍醐天皇もこの場所で京都に戻って政治を執ることを祈られたという事です。
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遠方に見えるのは「金峰山寺」本堂の≪蔵王堂≫です。
尚、「吉水神社」の境内案内の詳細はこちら⇒  「吉水神社の境内案内」 ※『天莫空勾銭 時非無范蠡』の説明もあります。
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それでは、書院の(日本最古の書院建築)の中に入ります。
こちらは「源義経、静御前の潜居の間」。衣装は実際に静御前が着用していたものだそうです。
_DSC8774 (750x498) (2)

文治元年十二月、雪の降る中、兄のよりともに追われ、静御前、弁慶と共に五日間この部屋で潜んでいたそうですです。
_DSC8779 (750x498)

義経着用の「色々縅腹巻」です。
_DSC8787 (750x697)

こちらはご存知、武蔵坊弁慶の控の間です。
_DSC8778 (750x510)
こちらは弁慶の所有していたと言われる籠手。
_DSC8788 (750x498)

この部屋は「後醍醐天皇玉座」です。
後醍醐天皇が京より吉野に逃れた際、吉水院の宗信法印が三百名の僧兵を従え、天皇をお迎えした部屋で、天皇もこの部屋を≪南朝の皇居≫と定め、吉野朝廷(南朝)の歴史の一頁が始まったとされています。
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その他、役行者像
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蝉丸の琵琶 や秀吉から贈られた銅鐸
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室町・桃山時代の能面 
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太閤愛用の金屏風「竹の図」狩野山雪筆、等々が数多く展示されていました。
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書院内の重要文化財・御宝物等の詳しい案内は⇒ こちら 
昼食時までたっぷり時間があり、その上桜の開花が大幅に遅れていたこともあって観光客も少なかったので、ゆっくりと見学ができました。
「吉水神社」を出てからは、「金峯山寺」参道の店などを覗き、老舗の葛餅屋で一休みをして芳雲館へ向かいました。
昼食後は「金峯山寺」に向かいました。その時の様子などは次回にでも。
それでは又、元気な笑顔でお会いいたしましょう。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
余談ですが・・・■ 『天莫空勾銭 時非無范蠡』 (てんこうせんを むなしゅうするなかれ ときにはんれい なきにし もあらず)
後醍醐天皇を救い出そうとした忠臣・児島高徳の事などを歌った=(^^♪「児島高徳」の歌と、
同じく『太平記』にある故事から、忠臣・楠正成、正行親子の別れ=(^^♪「桜井の訣別(わかれ」は、
未だ僕がボーイソプラノで歌えていた頃、www「青葉の笛」同様、好きで良く歌っていた歌です。
お時間があれば…下の①②をクリックして聞いてみてください。
 「児島高徳」 
 「桜井の訣別(わかれ)」   「楠公の歌」~桜井の決別 
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  1. 2017/05/07(日) 01:32:00|
  2. 奈良

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Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

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