まほろばの島詩

50年ぶりに帰ってきた故郷の風景写真

粟島/城の山登山 3/3

今日は城の山から眺めた眺望報告の最終章です。
_DSC0317 (750x498)

こちらは瀬戸大橋の本州側「水島」方面です。手前に塩飽諸島の中では一番大きな香川県「広島」と「高見島」見えます。
広島は青みを帯びた御影石≪青木石≫の生産地で知られています。削られた山肌はその採石場でしょうか。
_DSC0236 (750x498) (2)

「高見島」と「粟島」の間は、九州方面⇔大阪方面を航行する船舶の≪瀬戸内航路≫となっているので、豪華客船や大型タンカーをはじめ、常に種々の船がこの海域を行き交っています。
_DSC0227 (750x562)

東京湾の≪浦賀水道≫程の船舶の種類や航行数は無いですがかなりの過密海域です。狭い航路の上に、海流も速く複雑で、霧も発生しますから危険な海域です。その為、小さな二面島(ふたおもてじま)には灯台が設置され、この無人の島を境に、北側を上り、南側を下り航路に分けられています。 
_DSC0292 (750x498)

この危険で狭い海域を(航行する船を)監視するには粟島は絶好の位置にありますから、戦国時代香川氏によって城の山に出城が築かれたのも頷けます。
※余談ですが、ここは平安時代中期に起きた、【承平天慶の乱】(平将門の乱と藤原純友の乱)で知られる瀬戸内海一帯を支配していた藤原純友(ふじわらすみとも)率いる水軍(=海賊)が暗躍していた海域です。二面島の北東部(阿島山の陰の辺り)の海中は暗礁があり、海図のなかった当時は航海の最難所であったはず。この地を良く知る藤原水軍(=海賊)にとっては格好の襲撃場所です。
_DSC0318 - コピー (750x268)「当時、純友の支配下にあった島には≪舟隠し≫という数艘の舟の隠し場所があり、城の山で見張りをしている仲間からの合図で一斉に沖へ漕ぎ出し、あわてた船を暗礁場所に追い込んで座礁させ、金品を奪っていたに相違ない。」と、香川民俗学会編『粟島の民俗』 (平成元年発行)に記されています。
西浜2 (750x498)

もしかすると我が祖先も“海賊”の片棒担ぎだったのかなと・・と、一寸気恥ずかしい思いもするので、話題を変え、坂出~丸亀方面へ目を逸らします。www 
志々島の向こう(〇印)をよ~く見ると、
_DSC0204 (750x509)

丸亀城が見える筈ですが、・・・見えますか?
えっ?小さくて、写真も下手っぴなので、よく見えない?・・〇の中ですよ。
・・・??( ^ω^)。 お疲れなんですね~。www (バシッ !)
丸亀城UP

では、出しましょう!丸亀城の天守です! 
長話にお付き合い頂いているお礼に特別サービスです。 (バシッ ! あるなら最初から出せや!) 
否、否。こんなこともあろうかと、つい先日丸亀城の下を通りましたから、撮って来たのです。
021 (750x558)

こんなことをしているから話が長くなるんですよね~。話を元に戻し、後は駆け足です。
東~南方面です。我が家の前に広がる詫間湾①です。東に讃岐富士(飯野山)が見えています。
正面は大麻山(616m)金毘羅さんのある山。右は粟島⇔須田の定期船が発着する須田港です。
_DSC0301 (750x427)

続いて更に南西の詫間湾②です。詫間港の先にある香田には、工場と香川高専詫間キャンパスがあります。
香田には、戦時中≪特攻隊員≫を養成する「詫間海軍航空隊」があり、海岸には当時の特攻隊員として知覧に飛び立った滑走路の一部が今でも残っています。県道沿いには海軍航空隊の記念碑が建っています。
_DSC0300 (750x498) (2)

更に西の方には、粟島の下新田の地区と船越地区があります、船越は、荘内半島先端部と燧灘、紫雲出山方面へ向かう分岐点です。遠方薄く見える連峰は香川県観音寺市~愛媛県四国中央市にかけての連山です。
_DSC0287 (498x750) (2)

こちらは船越地区の先、荘内半島の最先端、室浜の地区。「箱崎灯台」のある「箱」は、
浦島太郎の住んでいた里で、糸の越の峠を越えて燧灘に抜けると太郎の生誕地「生里」(なまり)です。
_DSC0225 (750x488)

白い箱崎灯台の下の大きな岩(亀石)は浦島太郎が良く釣りをしていて、乙姫と再会したと言われる所です。
箱崎港には、その浦島太郎三代のお墓と大きな石碑が建っています。
_DSC0223 (750x498)

視線を再び詫間町の中心部である詫間港方面に戻すと、
_DSC0220 (750x498)

丁度、粟島⇔須田間、15:05発の定期便が須田港を出た所です。
左上の要塞跡の様に見える山は「爺神山」 (とがみやま・272m) 。山頂が削られているのは採石場跡です。
_DSC0230 (750x498)

詫間湾は、昔から≪波静かな湾≫としてよく知られ、島も北前船で賑わいを見せていたそうです。
今でも、台風時には大型船舶も多数避難してきます。
_DSC0237 (750x498)

この定期船は車一台(予約制)が乗せられるカーフェリーです。 (一応www) 
昨年10月に就航した新造船「みとよ」(三豊市なので?)で、粟島~須田間は10分で航行し、一日に8便往復しています。
でもね、この3時便の後が6時便、そして7時便が最終便なのがちょっと不便です。
_DSC0239 (750x378)

無事、10分程で粟島に到着した定期便はゆっくり、
_DSC0243 (750x511)
スピードを緩め、静かに粟島港に入港した定期便は、
_DSC0250 (750x498)

港内で大きく左旋回して浮き桟橋に着岸です。
左、白枠は、リゾートホテル「ル・ポール粟島」と旧・粟島海員学校(現・海洋記念館)です。
_DSC0251 (750x473)

「ようこそ粟島へ」と、歓迎の挨拶をしたいけど・・・山の上だし、それに誰も降りてこないかも。 
港界隈に人影も見当たりません。(いつもの事だけど・・・www)
ところが最近は、大手観光旅行会社(この辺では)がツアーコースに粟島を加えたので、最近は毎日大勢の観光客が押し寄せて来ます。(年寄りなので多少大袈裟な表現をしていますが・・・)_DSC0255 (750x487)
これで、今年初めて登った城の山からの長~い展望報告を終わります。ありがとうございました。
※15日(土)の夕刻から西浜で≪海ほたる鑑賞会≫が開催されます。
異常なほどの天候が続いています。雨、猛暑等に気を付けてお過ごしください。
それでは又、元気にお会いいたしましょう。 
スポンサーサイト
  1. 2017/07/14(金) 10:07:00|
  2. 粟島

プロフィール

喜多さん

Author:喜多さん
瀬戸内海と東京湾、二つの故郷を行ったり来たりの根無し草。
瀬戸内の小さな島や三浦半島の風景、生活等を中心に描いています。
又、折々に咲く身近な草花や、旅先で出合った風景等も織り交ぜながら、好き勝手な事を綴っています。

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

いいなって思ったらクリックしてください

最新記事

最新コメント

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ

カテゴリ

春 (3)
粟島遠望 (6)
未分類 (162)
桜 (12)
ノスタルジア (3)
茶華・鳥 (32)
えっちゃんの花畑 (9)
木の花 (14)
春の花 (7)
横須賀 (114)
横浜 (19)
鎌倉 (33)
東京 (52)
奈良 (47)
高野山・京都 (24)
海員学校 (4)
船、港 (44)
城の山より (10)
西浜 (19)
島の人 (7)
下新田 (9)
姫路 (3)
花畑 (6)
詩歌 (3)
旅行 (23)
紫陽花 (17)
草花 (106)
三浦半島 (7)
夜景 (10)
花散歩 (39)
粟島散歩 (99)
小動物 (36)
家族 (20)
お出かけ (100)
年中行事等 (52)
朝の風景 (21)
夕景 (11)
日々の出来事 (19)
香川 (24)
粟島 (7)
奈良・京都 (1)
愛媛 (6)
黒川/財田駅周辺 (22)
徳島 (21)
三豊市(山本町,財田界隈) (29)
香川のお寺や神社 (92)
紫雲出山 (16)
高知 (11)
島の桜 (9)
お寺 (0)
島の春 (9)
庭の花 (57)
来島者たち (35)

検索フォーム

RSSリンクの表示